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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)6292号 判決 1971年10月28日

原告 渡辺トキヱ

右訴訟代理人弁護士 平井良雄

同 田中学

被告 日吉重夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 石島泰

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し別紙物件目録記載の建物を明渡しかつ昭和四五年二月二一日より明渡済に至るまで、一ヶ月金一〇万二〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  原告は別紙物件目録記載の建物(以下本件建物という。)の所有者である。

(二)  原告は、昭和三一年二月二一日本件建物を被告日吉重夫に対し、クリーニング営業使用の目的で賃貸し、その引渡をした。その後昭和四〇年二月二一日、期間を右同日より昭和四五年二月二〇日までの五年間とする旨の契約更新をなした。

(三)  原告は被告日吉重夫に対し、右期間満了前六月ないし一年内である昭和四四年八月一二日到達の内容証明郵便で本件契約の更新を拒絶する旨の意思表示をした。

(四)  右更新拒絶には、次のような正当事由がある。

(1) 被告日吉重夫は被告会社を設立し、その代表者として本件建物内においてクリーニング業を営んでいるが、右営業に伴って水蒸気、臭気、騒音、綿埃、煤煙等が本件建物の隣近所に散乱するため近所の住民より苦情が殺到している。原告は被告日吉重夫に対ししばしば右臭気煤煙等を防止するための処置を要請してきたが、同人は一度も右処置をしたことがない。

(2) 被告会社従業員の火の不始末により、本件建物において、現在まで数回にわたり小火を出している。

(3) 本件建物は、既に全体が老朽化し危険な状態にある。少くとも、常時補修を継続しなければならない程度に至っているので、原告は周囲の商店としての土地がらとの調和のためにも、本件建物敷地にビルディングを建築する計画である。

(4) 被告らの事業は次第に拡大し本件建物では手狭の状況にあり、被告らは他の移転先の準備をもしており、本件建物使用の必要性は少ない。

(五)  よって、被告との本件建物賃貸借契約は、昭和四〇年二月二〇日の経過とともに終了した。

(六)  被告会社は本件建物を占有している。

(七)  本件建物の昭和四五年二月当時の賃料は、一ヶ月金一〇万二〇〇〇円である。

(八)  よって原告は、被告日吉重夫に対しては、本件建物賃貸借契約終了に基づく原状回復義務の履行として、被告会社に対しては、本件建物所有権に基づき本件建物の明渡を求めると共に、被告らに対し、賃貸借契約終了の日の翌日である昭和四五年二月二一日から明渡済に至るまで一ヶ月金一〇万二〇〇〇円の割合による賃料相当損害金を支払うべきことを求める。

二  被告らの答弁及び抗弁

(一)  請求原因事実中(一)ないし(三)及び(六)、(七)の事実は認める。その余は争う。

(二)  原告の更新拒絶には正当事由は存しない。

すなわち、

(1) 請求原因(四)の(1)については、被告日吉重夫が被告会社の代表者としてクリーニング業を営んでいること、および過去において原告主張の如き被害のために近所から苦情のあったことはあるが、被告会社は昭和四一年二月ダクトを改修して臭気を除き、同年一一月にはドイツ製ボイラーを設置して煤煙問題を解決した。それで現在では原告主張の如き被害は殆んどなくなっている。

(2) 同(四)の(2)については、七年以上も前のものであり、一回は昭和三三年中天井の隅をちょっと焦がした程度、二回目は昭和三八年中に洗濯用ガソリンに引火したための小火であって本件建物に殆んど損害を与えていない程度のものであり、現在はクリーニング諸機械設備の完全な改善により失火のおそれは全くなくなっている。

(3) 同(四)の(3)については、本件建物は昭和四〇年五月、原告の承諾のもとに被告において新築に近い改造を行なっているので、老朽化したり、危険な状態にあるなどということはない。

(4) 同(四)の(4)については、原告主張のような事実はなく、かえって、被告自身、その家族、従業員全員の生計を支えるため、本件建物を使用することが絶対に必要である。

(三)  被告会社は、本件建物を原告の承諾を得て被告から転借しているものである。

第三証拠≪省略≫

理由

一、請求原因事実中、(一)ないし(三)及び(六)、(七)は当事者間に争いがなく、被告会社の抗弁事実は原告においては明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二、原告主張の正当事由の有無について判断する。

(1)  臭気・騒音等の点について

過去において被告会社のクリーニング営業によって原告主張の如き被害が近隣に出ていたことは当事者間に争いがない。しかし≪証拠省略≫を綜合すると、昭和四〇年頃近隣居住者の苦情申出によって東京都の公害関係係員が被告会社に来て調査、指導したことがあるが、当時としても、被害は東京都公害防止条例に該当する程のものではなくむしろクリーニング業としては通常の程度のものであったこと、その際二、三の点について都係員から口頭で指導を受けた被告は、以来ボイラーをドイツ製のものと取りかえたり、ダクトを改良したりして右被害の軽減につとめた結果現在では被害が現実に軽減していることが認められる。≪証拠判断省略≫また、≪証拠省略≫によると、昭和四三年頃本件建物に隣接する原告所有の建物(風月堂に賃貸中のもの)の本件建物側の壁面のモルタル下地が腐り、修理したことがあるが、腐った原因の一つに被告会社の出す蒸気が考えられることが認められるけれども、≪証拠省略≫によれば、これは水蒸気が分量的に多量に出されていたからというよりも、たまたま下水管等を通ってモルタル内部に少しづつ上っていたからであって、これとて右修理工事完了前に改善されたことが認められる。

もっとも、現在でも騒音、煤煙、振動、水蒸気等の被害が全くないというわけではないが、本件賃貸借契約はもともと被告が本件建物においてクリーニング業を営むことを目的にしていたものである(この点は当事者間に争いがない。)から、右被害の状況がもともとクリーニング業としては通常の程度であり、昭和四〇年頃以降はそれが更に軽減している以上、これを以て更新拒絶の正当事由とすることはできない。

(2)  失火の点について、

被告会社従業員の火の不始末により本件建物において失火の事実があったことは当事者間に争いがない。しかし≪証拠省略≫によれば右のいわゆる失火は二回であって、いずれも七年以上前のことであり、かつ軽微なものであってその後は出火の事実もなく、被告らにおいても出火防止のために設備の改善をしたことが認められるからこの点も更新拒絶の正当事由にはなりえない。

(3)  その余の点について、

本件建物が老朽化し、危険な状況にあるとの主張事実は全証拠によっても認められない。また、被告らが既に他に移転先を準備していて本件建物を使用する必要性が少い旨の事実もこれを認めるに足る証拠がないばかりか、却って被告本人尋問の結果によれば、被告にとっても被告会社にとっても本件建物を使用してクリーニング業を継続する必要性は大であることを認めるに充分である。

≪証拠省略≫によれば、原告は将来本件建物を取りこわしてその跡地にビルディングを建築する計画を有していることが認められ、またその方が原告にとって経済的に有利であることは推認するに難くないけれども、前記被告側の事情と対比するとこれとても正当事由となるものではない。

なお、以上(1)ないし(3)の事情を総合して考えても本件賃貸借契約更新拒絶に正当事由があるものとは認められない。

三  結論

以上のとおり原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 篠清)

<以下省略>

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